2012-12-04 記者の目:京都会館建て替え=野宮珠里(京都支局)-「毎日新聞」
記者の目:京都会館建て替え=野宮珠里(京都支局)
毎日新聞 2012年12月04日 東京朝刊

◇市民の関心が名建築保存のカギ

 「東京文化会館」(東京・上野)などの設計で日本の近代建築史に大きな足跡を残した前川國男(1905〜86年)の代表作の一つ「京都会館」(京都市左京区)の建て替え工事が9月から始まった。建物の特徴である寺院のようなゆったりとした“稜線(りょうせん)”を描く第1ホールの大屋根は姿を消す。建築家や市民から保存を求める声が上がったが工事を止める力はなかった。取材を通じて感じたのは公共的な近代建築の名作を後世に残すには、行政は建物の機能を十分に維持し、市民もその建物を守り愛する努力を続けることが大切だということだ。

 京都会館は60年、京都市が公共文化ホールの先駆けとして開設した。2015席の第1ホール、939席の第2ホール、会議棟からなる複合施設で、東山を借景とする中庭など周囲の景観と調和した建築として60年度の日本建築学会賞(作品賞)を受賞した。批評家の加藤周一は「戦後の近代建築の到達点」と高く評価した。しかし、老朽化は以前から指摘され、市は10年12月、第1ホールを「世界水準のオペラ上演も可能な劇場に改修する」との構想を明らかにした。さらに11年2月、大手半導体メーカーに50年間の命名権を約52億円で譲渡すると発表。同6月、舞台を大型化し、多様な演出を可能にするため、第1ホールを一部高さ約30メートルの高層建築に建て替える基本計画を策定した。

 ◇解体に異論続出 国際機関も懸念

 これに対し建築家らから「第1ホール解体は建物の価値を損なう」と異論が示され、日本建築学会などが市に保存要望書を提出。市民100人以上が解体差し止めを求める住民訴訟を京都地裁に起こした。また、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関「イコモス」の国際学術委員会は8月「美と調和を破壊する」と市に再考を求めた

 市は特徴的な大庇(おおひさし)の形状や建物全体の空間構成を残すことで「価値は継承されている」と主張。基本設計者の香山寿夫・東京大名誉教授は前川建築の価値を認めたうえで「時代に合わせて変えていくことは、建築が『使われる芸術』である以上避けられない」と話している

 実は、京都会館のホール機能について利用者の評判は「最悪」と言っていいほどだ。第1ホールは当初、コンサートホールとして設計されたが、途中でバレエなどにも使える多目的ホールに変更された。そのため舞台は狭く、舞台背景などをつり下げる器具が足りないなど使い勝手の悪さが残った。壁にはひび割れが入ったままで、市は財政難などを理由に十分なメンテナンスをしてこなかった。古さの目立つ会館の保存の必要性に対する市民の関心も高いとは言えなかった。

◇前川の作品保存、弘前市民が力に

これとまったく逆の例が青森県弘前市にある。同市は前川の母の出身地で、前川の第一作である「木村産業研究所」(国登録有形文化財)を含め、市役所、病院、博物館など八つの前川建築が今も現役だ。その大きな力となったのが、04年に市民らが作った「前川國男の建物を大切にする会」の存在だ。同会は、前川の業績紹介をする一方、04〜06年には、県立弘前中央高校講堂(54年完工)の椅子の改修に取り組んだ。メンバーや卒業生らが月1回集まり、椅子の背板をはずし、やすりをかけて色を塗り直した。会の発起人で代表の葛西ひろみさん(60)は「椅子も前川さんのデザインだそうです。作品にじかに触れられて、うれしかった」と振り返る。

 市民が建物や建築家をよく知ることが、弘前の保存活動につながっている。私も京都会館に魅力を感じたのは、前川が設計時に込めた思いを専門家の話や資料を通じて知ったからだ。欧州で学んだ近代建築を日本に持ち込むだけでは風土に合わないことを痛感した前川が、京都の町並みに敬意を払い、思索の果てに、南禅寺のような寺院を思わせる外観に行き着いたのだ。

 前川の思想を踏まえて元のたたずまいをある程度残し、公共ホール機能を強化するという京都市の改修計画の方向性は誤りとはいえない。しかし、プロセスには問題がある。基本計画に反対の声が上がった後「建物の価値継承」に関する検討委員会を設置したが、その論議は計画にほとんど影響を与えなかった。保存を訴える建築家側も建物の価値を早くから分かりやすく発信する必要があった。市民も身近な名建築の価値に、より関心を持って発言することが必要だったのではないか。「もっと私をよく知ってほしかった」−−。既に建て替え工事が始まった京都会館は今、私たちにそう語りかけているような気がする。

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