2013-11-18 “大大阪の中心地”の粋な小学校解体へ 卒業生ら惜しみ「さよなら会」-「産経新聞」
“大大阪の中心地”の粋な小学校解体へ 卒業生ら惜しみ「さよなら会」
産経新聞 11月18日(月)17時0分配信

大阪・ミナミの中心地に、120年以上も子供たちを見守り続けた小学校があった。商売人の家の子が多く、高度成長期の親子遠足では板前がすしを握り、バーテンダーがシェーカーを振った。校庭で、教諭から日米開戦を聞いた児童もいた。閉校後20年近くたって学び舎が解体されることになり、卒業生有志が17日に「さよなら会」を開いた。「粋でおおらかな学校だった」-。だれもが子供のころに思いをはせた。

■120年以上の歴史

 平成7年に閉校し、解体工事が進む大阪市中央区の元大阪市立精華小学校。30代から80代までの卒業生約100人が集まった。普段は立ち入ることができない校庭に足を踏み入れ、思い出話に花を咲かせ、「大大阪(だいおおさか)の中心地 商店街に庭占めて」と校歌を歌った。

 明治6年に開校。周辺に戎橋筋や道具屋筋など大阪を代表する商店街や繁華街が集まり、文具、理容、喫茶といった個人店の子供たちが通った。少子化の影響で平成7年に閉校した後、大阪市の学習施設として活用されてきたが、市は今年2月、不動産会社への売却を決定。来年5月末までに解体され、跡地にはホテルや飲食店が入った商業施設ができる。

 昭和44年の卒業生で店舗設計業の本池(もといけ)富三雄さん(56)が在籍していたころは経済成長のまっただ中。ミナミの街中に活気があふれていた。だれもが朝から夜まで忙しく働き、家で朝食を食べられない子供もいたが、学校に生米と代金を渡しておけば、ご飯が用意された。

■商人に見守られ

 年1度の親子遠足は大にぎわい。店の従業員を連れてくる親も多く、昼食の際は板前がすしを握り、バーテンダーがシェーカーを振った。その横ではホステスが子供とドッジボール遊び。「いい時代。なにをするにも派手でした」。本池さんは目を細める。

 現在の校舎は昭和4年11月18日に竣工。エレベーターや暖房装置など当時としては最新設備を備えたぜいたくな造りにできたのは、地域の多大な寄付金があったからだ。商売人の「粋」がつまった校舎で、子供たちは勉学に打ち込んだ。

 卒業生でカメラ店経営、手島隆太郎さん(84)はこの校庭で、日米開戦を先生から聞いた。弟の元大学教授、光司さん(73)は野球をやったことが思い出だ。「いよいよなんやね」-。兄弟は名残惜しそうにつぶやいた。

 ■「大大阪の中心」

 校舎が姿を消すときが近づく中、卒業生から「最後にもういっぺん校舎を見ておきたい」と声があがるようになった。本池さんら有志が校舎の竣工日に近い日曜日の17日にあわせ、「さよなら会」を企画した。

 すでに内装の解体が始まった校舎内には、もう入れない。卒業生たちは約1時間にわたり校庭から校舎を見つめ、最後は全員で記念撮影し校歌を歌った。

 「大大阪の中心地 商店街に庭占めて 学びの道にいそしめる」。校歌の歌詞には誇りが込められ、本池さんの胸中は惜別と誇りが入り交じる。

 「これを歌う子供たちがもういないのはさびしいですが、卒業生で歌い継いでいきたい」

■“大大阪の中心地”の粋な小学校解体へ 卒業生ら惜しみ「さよなら会」-「産経新聞」

精華小校舎 愛好会
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