2013-06-01 景観問題に関する覚書-都市空間の劫掠と対時して-中島晃-「地方自治研究」
景観問題に関する覚書-都市空間の劫掠と対時して-中島晃

 日本を代表する歴史都市である京都もまた、60年代に入札急速な都市化にともなって、都市開発の波にあらわれ、景観が危機にさらされた。そこで京都では、いち早く、建物の高さ規制などの景観政策が取り入れられ、1972年には市街地景観条例が制定されることとなったが、その際いわれたことは“景観はみんなもの"という考え方であった。そこでは、市民が景観を平等に享受できるという「平等性の視座」が基本とおかれていたということができる。
“景観はみんなのもの"という考え方を、都市景観の特質に即して、より具体的に検討していくと、良好な景観を享受するためには、景観を構成する空間の利用者全員が相互に、景観維持のための共通ルールを尊重し、遵守するという互換的な利害関係によって結ばれているということができる。この点に関して、東京都国立市の通称大学通りに面して建築された高層マンションが建築条令に違反するとして、違反部分について住民が除去命令を求めた事件で、2011年12月4日、東京地裁は次のような注目すべき判決を下している。「景観は、通りすがりの人にとってはー方的に享受するだけの利益にすぎないが、ある特定の景観を構成する主要な要素の一つが建築物である場合、これを構成している空間内に居住する者や建築物を有するものなどのその空間の利用者が、その景観を享受するためには、自らが景観を維持しなければならないという関係に立っている。しかも、このような場合には、その景観を構成する空間の利用者の誰かが、景観を維持するためのルールを守らなければ、当該景観は直ちに破壊される可能性が高く、その景観を構成する空間の利用者全員が相互にその景観を維持・尊重し合う関係に立たない限り、景観の利益は継続的に享受することができないという性質を有している。」
ここでいう互換的な利害関係とは、良好な景観を住民が平等に享受するためには、高さ規則などの景観維持のための共通のルールを住民全員が平等に受け入れて、これを道守していくことが必要であるという関係にあることを示すものにほかならない。いいかえれば、景観ルールの平等が確保されること(=景観ルールの平等性)は、景観享受の平等を実現するための不可欠の前提条件となっている。以上からすると、“景観はみんなのもの"というのは、景観享受の平等性と景観ルールの平等性の2つの意味を含むものであり、景観ルールの平等性が損なわれると、景観享受の平等性も失われるという関係にあるということができる。
さて、1970年代初頭に、京都で市街地景観条例が制定される際に言われた、“景観はみんなのもの"という考え方は、その後次第に後退し、やがて、景観は主観的なものであって、個々人の判断に委ねられているという考え方に取って代わられることになる。
しかしいま京都の景観は新しい危機に直面している。 それは、京都市が新景観政策によって、市内全域で強化した建物の高さ制限を、今度は逆に、地区計画を使って藤和しようという動きを見せていることである。すでに、2012年1月、岡崎公園にある京都会館の建て替えのために、京都市は地区計画によって、それまで最大15メートルであった高さ制限を31メートルに引き上げたのをはじめ、2012年7月には、島津製作所本社三条工場の高さ制限を向様に20メートルから31メートルに引き上げる規制緩和を行った。このように特定の事業者のためにのみ、高さ規制を緩和するという特別ルールをつくるやり方は、京都市が自ら景観ルールの平等性を破壊するものであって、これによって景観享受の平等性が損なわれることになることは明らかである。
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「地方自治研究」「2013年6月号所収

■景観問題に関する覚書-都市空間の劫掠と対時して-中島晃-「地方自治研究」

2012-06-18 京都会館問題監査請求 陳述聴取会 陳述人提出資料紹介6-中島晃
2011-10-12 【賛同のお願い】 日本近代建築の巨匠前川國男の代表作京都会館の保存をねがうアピール
2011-11-15 シンポジュウム「地元住民と専門家が語る京都会館と岡崎の保存を求めて」開催のご案内
2011-08-10 「時を超え、光り輝く京都の景観づくり」の精神は何処へ 中島晃-「ねっとわーく京都9月号」
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by 2011-kyoto | 2013-12-21 23:34 | 2013/06
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