2011-02-20 京都会館の改修~再整備は「文化の殿堂」をめざすべきか?~その7-「sayseiの京都日記」
京都会館の改修~再整備は「文化の殿堂」をめざすべきか?~その7

(その6からの続きです)

 京都会館に「世界的に著名なオペラやバレエの巡回公演」ができるような条件を税金をつぎ込んで無理して作ったとして、いったい年間どの程度そういう一流のオペラやバレエが呼べるのでしょうか。現に新国立劇場びわ湖ホールが費やしているような事業費を市民の税金を湯水のように使って、ずっとそういう運営を支えつづけていくのでしょうか。

 京都コンサートホールのように特定の演奏団体の拠点としての意味でもあればまだ理解できます。それだけの実績を歴史的に積んで市民に親しまれてきた演奏団体が活動し、成果を発表する本拠地なんだ、ということで、市民が多少の負担について了解し、支援していこうという気持ちにもなるでしょう。

 でも京都でオペラ?バレエ?どこにそれだけの実績のある団体があるでしょう?いや、日本全国見渡しても・・・というと叱られるでしょうかね(笑)。

 オペラ関係者がいらっしゃることは知っています。彼らがそういう施設が京都にあったらいいな、と素朴に思われることも理解はできます。 
 けれど、もしもそういう方がいらっしゃって京都会館の「再整備」検討委員会か何かの委員に委嘱された場合は、オペラ業界の業者代表としてではなく、オペラの専門家であると同時に、市民を代表する有識者の一人としての見識を持って、市民のためにトータルな判断をしていただきたいと思います。

 私が「オペラハウス」計画や、オペラ上演に対応する重装備に反対すると、あいつはオペラやバレエに関心がないんだ、と誤解し、文化に税金をつぎ込むことに反対なんだ、と思われる方が或いはあるかもしれません。

 でも事実はそうではありません。税金の使い方として、バランスを失してはいけない、ということ、このような後々まで市民に負担を強いるような計画を進めるには、検討のプロセスから徹底的に市民に情報を公開し、市民の合意を得て進めなければならない、ということを言っているだけです。

 その上で、京都市民の大多数が、「いくら重い税金を負担しようと、京都にオペラハウスが必要だ」と考えるなら、作ればいいのです。
 私自身は反対ですが、大多数の市民が十分に判断材料を与えられた上で賛成であるなら、納得します。でも、事実を知れば、京都市民の圧倒的多数は、決して賛成しないだろうと思います。

 判断材料に、コストがいくらかかるか、税金からの負担が初期投資について、またその後の運営について、どの程度になるのか、という情報は不可欠です。
 そして、なぜそういう負担をしてまで、その施設や装備がまさにその水準において必要なのか、素人である市民にも十分に理解でき、納得のいく説明が必要です。いま京都市は京都会館の再整備の計画に関して、少しもこの義務と責任を果たしていません。

 個人的な意見としては、私は京都会館は、もしも劇場建築の専門家や実演芸術の関係者が、その老朽化の程度が激しくて、改修が不可避だと判断するなら、改修すればいいと思います。

 ただし、その方向性は「世界的に著名なオペラやバレエの劇団の巡回公演」ができるような「文化の殿堂」などあってはならない。それは建設業者・設備業者がてぐすねひいて待ち構えている、不必要な大規模化と重装備化を許す方向づけだからです。

 市民のために必要な改修の方向は、あくまでも現在の京都会館の持つ機能の延長上で、老朽化による機能不全を解消することです。そのための最小限の措置をとれば十分だと思います。

 それで、これまでと同様の、ポップス系の大規模演奏会や市民フェスティバルの類には十分対応できるでしょうし、無理をすればある範囲のオペラもバレエ、現代舞踊などの公演も可能で、それ以上のものはびわ湖ホールに任せればいいではないですか。

 どうせ改修するなら、この際思い切って・・・という関係者の気持ちも分からなくはありませんが、この財政難の折に、そういう発想は市民感覚から乖離し、バランスを欠いた時代錯誤な発想であろうと思います。

 むろん、それが何倍にもなる大きな付加価値を生み出す、というならまた別でしょう。財政難のときでも、その事業を行うことが、中長期的にみて、大きな利益を京都市民に対してもたらす、というのであれば、説得力もあるでしょう。

 しかし、大規模な劇場施設も、重装備も、これまで全国で作った例はいくらもありますが、成功した例はほぼ皆無で、みな稼働率が低迷し、その低い稼働率の中でようやく実現する公演でも、そんな重装備は使われない、というのが既にこのブログの文章の中で見てきた実態です。

 抽象的には、「一流の芸術鑑賞をすることが芸術への関心を高め、創造性をはぐくむ」というようなお役人の作文のような歯の浮くようなセリフが吐けるかもしれませんが、京都会館を「世界的に著名なオペラやバレエの劇団の巡回公演」に使えるようにすることが、そういうことに貢献するために効果があるかどうかは別問題です。

 私なら、そんな公演施設はびわ湖ホールに委ねても、プロのオペラ関係者の活動を支援したり、オペラ歌手や演奏家や作曲家をめざす若い人を支援するほうにお金を使います。

 また、オペラのように市民の中で関心を持つ人が極端に少ない、特殊ヨーロッパ的な伝統芸能のジャンルにこだわらず、美術や、映画や、演劇や、舞踊など、もっと裾野の広い、また活動実績も豊かで、京都市内に教育機関も少なく無い分野の芸術ジャンルに関して、すぐれた活動に、プロジェクトに、あるいはそれを担う個人や団体に、予算を上積みします

 日経新聞が京都会館の改修費として挙げた100億円が事実なら、実績のあるアーティストたちが責任をもって選ぶ若い有望なアーティストの活動に、一人1000万円でもいいから出して一つのプロジェクトをやってごらん、と言えば、1000人の若い有望なアーティストが思う存分腕を振るうことができるでしょう。毎年100人に一人1000万円ずつ出しつづけても10年間は続けられます。

 若いアーティスト自身に企画を競わせて提案させ、それを実績あるアーティストやその分野の専門の批評家たちが審査してプロジェクト主義で選べば、良い企画を出した若いアーティストが自分のイメージを実現するために年間1千万を自由に使えます。

 これを年100人に、10年間やらせれば、私は「世界的に著名なオペラやバレエの劇団の巡回公演」のできる会館をつくることなどより、はるかに京都市の文化振興に効果的に貢献できると思いますし、結局は市民にとっても大きな楽しみとして返って来ると思います。

 いま私たちのまわりを見回しても、若い人はお金をもっていませんし、とりわけ芸術の創造活動にかかわるような若い人は、ほとんど食うや食わずの状態でやっています。その中には才能に恵まれた人たちも少なくありません。そういう人たちの中に、将来の京都の文化を担う人たちがいるのだと思います。

 教育機関ばかりつくったからといって、あるいは単に出来上がったものを顕彰するだけの一過性の事業を繰り返したとて、そういう若い人たちの活動たくましく育ってくれる保証はありません。

  彼らは創造活動に全力を注ごうとして、「わたしに100%能力を発揮できる機会を与えてくれ」と叫んでいるのですから、その機会を与える事業を継続的にやっていくことによってしか、創造の基盤を厚くしていくことはできないでしょう。

京都会館の改修費だけでなく、もしオペラ対応などの重装備をした場合に必要になる何億円ものコストを削減できるなら、たとえ年間5億円程度確保するだけでも、年間50人の若いアーティストに、一人につき1千万円の挑戦機会を与えることができます。

 1千万円あれば、ちょっとした自主制作的な映画、演劇、ダンス、パフォーマンス、インスタレーション、各種美術作品などのオリジナルな製作が可能になるでしょう。

 それは市民の税金を湯水のように使う行政の方にとってはちっぽけな金額かもしれないけれど、才能あふれる若いアーティストの卵たちにとっては、いまの日本社会でめったに与えられることのないビッグ・チャンスとなるはずで、全国から最も優秀な人材が競って京都に目を向け、集まってくるでしょう。

以上は私の単なる夢想にすぎません。こんな発想だってできるのに、という一つの例示にすぎません。

 経済原則というのはいまの社会では文化にもある程度貫かれるので、お金を効果的に使いさえすれば、優秀な人材が集まってきます。

 京都には文化的な歴史と伝統があり、それだけの環境があるから、食うや食わずでも京都に残って頑張っている若い人は少なくありません。

しかし、行政にまるで文化の創造についての理解がなく、またまたハコモノづくりにお金を費やし、あろうことか一昔前の欧米文化への劣等意識そのままのように「世界的に著名なオペラやバレエの劇団の巡回公演」などに対応する改修を、と言っているような始末だから、どんどん才能ある若い人が東京へ出て行ってしまうのです。

私の身近にもそうして出て行ってしまった才能豊かな若いアーティストが何人もいます。彼らは東京では立派に職につき、創造活動を支えています。
 京都ではそうした職もなく、行政の支援も得られないから、本当は京都という都市にとどまりたかったのに、出て行かざるを得なかったのです。

繰り返し申しますが、私は文化にお金をつぎ込むなと言っているのではありません。韓国が国家的な戦略として映画、映像の創造活動を支援し、そのための人材を育成する施策をとって以来、映画、映像の世界での韓国の存在感の高まりは目を見張るものがあります。

その一端は、ここ十数年の韓流ドラマの圧倒的な質・量にも現われていることは、すでに周知のとおりです。

 文化はほうっておいても出てくる、というのは誤りで、個別には例外的に出てはきますが、やっぱりお金をかければ、それだけのことはあるのです。ただし、それは使いどころを間違わなければ、であって、京都会館をオペラの殿堂なんかにするために、何百億円つぎ込もうと、実現されることではありません。 

(了)


■京都会館の改修~再整備は「文化の殿堂」をめざすべきか?~その7-「sayseiの京都日記」
■京都会館について-「sayseiの京都日記」

関連リンク
2011-02-20 京都会館の改修~再整備は「文化の殿堂」をめざすべきか?~その6-「sayseiの京都日記」
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2011-02-02 京都会館 再整備-「演劇ニュース」
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by 2011-kyoto | 2011-02-20 00:00 | 2011/02
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