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2013-12-09 【 建築家 諸氏へ 】-内藤廣
【建築家諸氏へ】
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新しく建てられる国立競技場のことを本当はどう思っているんですか。会う人ごとに聞かれます。講演をすれば、しゃべったテーマとは関係がないのに、この件に対する質問を受けます。何通ものメールもいただきました。こちらとしてはいささか食傷気味ですが、建築界としてはここしばらく例がないほどに関心が高まっているのだと思います。社会的な正義を唱える建築家たちの姿は、しばらく見かけなかったことです。これは是とすべきでしょう。

国立競技場の設計競技については、審査委員の一人である以上、結果に対しての責任は当然のことながら負っているものと思っています。ただし、審査経過とその対応については、明文化されてはいませんが一定の倫理的な守秘義務を負っているはずなので、審査委員長の発言や公式発表を越えた発言は、可能な限り控えたいと思っています。以下に述べることは、現在の全般的な状況に対するわたし個人の見解と危惧です。触れることができる範囲のことと自分の考えを述べ、以後、質問にお答えすることは控えたいと思っています。

設計競技の手続きに関して、いくつか厳しい指摘がなされていますが、短い時間の中での窮余の策であったことを考えれば、充分とはとても言えないまでも、まあまあだったのではないかと思っています。世論喚起を急ぐあまり、広告代理店による誤解を招くような事前の情報発信があったことは反省点です。設計競技全体の在り方に関しては、類似の案件が生じた場合の対応として、今後に活かす議論とすべきです。今回の事例を土台に、より良いものに改善されていくべき事柄だと思います。不備を指弾する声もありますが、普段からこの仕組みを議論の俎上に上げてこなかった自省の弁から始めるべきです。そうでなければ、設計競技なんていう面倒くさいことはやめておこう、ということになりがちだからです。

これは景観の議論にも通じることです。景観を公共財とするなんてまるで意識のないところに、赤白の縞々の住宅が出来るというので話題になったことは記憶に新しいところです。普段から問題意識がなければ、議論は後追いになるばかりです。常日頃が大切です。署名運動を繰り広げている建築家たちは、常日頃から神宮の景観を議論し、それほどまでに愛していたのでしょうか。絵画館の建物をそれほど愛していたのでしょうか。絵画館に飾られている絵画を一度でも見たことがあるのでしょうか。
この国では、とかく縮小方向で議論をまとめていく傾向があります。無駄遣いをやめる、節約が美徳。そちらの方が「分かりやすい正義」になりやすいからです。新しい国立競技場は、その姿形からして目立つという点で分かりやすいターゲットの出現ですが、今現在、掲げられている錦の御旗に依拠している限り、建築の文化に資するような議論には発展していかないでしょう。異議を唱える諸氏は、振り上げた拳をどこに下ろすつもりなのでしょう。国立競技場の建設を止めさせれば満足なのですか、オリンピック招致を見送れば満足なのですか、どこまで成果が得られれば矛を収めるつもりなのですか。そう問いたい。
 しかし、三陸や福島はいいのでしょうか。あそこで蠢いているのは、旧弊にとらわれた法律や制度そのものです。放射能をどのように処理するのかという答えのない問いです。分かりやすいことには過剰に反応するのに、分かりにくくより本質的な問題には黙する、というのはおかしい。もし、市民の立場に立つというのなら、良識を標榜するのなら、署名を集めるのなら、本当に怒る相手を間違えているのではないでしょうか。

オリンピックは短期間のイベントなのだから、無駄遣いをしないようにしてやり過ごした方が良い、という意見もあります。たしかにオリンピックは短期間のイベントですが、世界中の人が東京という都市を目にする機会であり、ただでも誤解されやすい日本という国の本当の姿を理解してもらうのには絶好の機会です。64年のオリンピック時には、首都高速が造られ、青山通りが整備され、新幹線が通りました。要するに、あのイベントを通して、次の半世紀に渡る発展の下ごしらえをしたのです。自宅に客を招くことになれば、それなりに掃除をし、住まいを整えるのは当然のことです。それがわが国の生活習慣のマナーでもあります。これを機会に、東京を次の半世紀に向けて強くするのです。新しい国立競技場は奇異な形に見えるかも知れませんが、これを呑み込んでこそ、次のステップが見えてくるのではないかと思っています。

2013.12.09内藤廣

■【 建築家 諸氏へ 】-内藤廣

内藤廣建築設計事務所 | Naito Architect & Associates

■神宮外苑の風致・景観と新国立競技場の建設再考のお願いについて

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by 2011-kyoto | 2013-12-11 00:47 | 2013/12
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